7/08/2017

アーヘンのウド

Wikipediaより。700年も前にマンデルブロ集合を発見した修道士がいたという作り話。

アーヘンのウド(c.1200-1270)は架空の修道士で、イギリスのテクニカル・ライター、レイ・ギルヴァン(Ray Girvan)の創作で、彼は1999年のエイプリフールのでっち上げ記事を紹介した。記事によると、ウドはイラストレータで、ブノワ・マンデルブロの700年の前にマンデルブロ集合を発見した神学者だった。

記事にはさらに詳しく紹介されており、ハーバードの架空の数学者ボブ・シプケ(Bob Schipke)がウドの作品の再発見し、13世紀のキャロル装飾写本にマンデルブロの絵を見たと言われている。ギルバンはウドを神秘な詩人と考えており、彼の詩はカルミナ・ブラーナの中の有名な「おお、運命の女神よ (O Fortuna)」でカール・オルフによって音楽にされた。

でっち上げの諸相

「おお、運命の女神よ」の詩は、実際にはドイツのベネディクトボイエルンのベネディクト修道院で見付かったもので、修道院を訪れたゴリアールによる作品である。

しばしば中世の修道士らは科学や数学の理論を発見したが、迫害のために隠されたり棚上げされたりしたこと、また印刷機の発明前の出版は良くても困難だったため、でっち上げは信憑性に役立った。ギルヴァンは話にウドと他のいくつかの正当な発見を関連づけている。著者は現在では主流の理論として確立されているが、当時はフリンジ・サイエンスと考えられていたある種の科学理論の観点から時代に先駆けていたと考えられた。

ごまかしの別の側面は、20世紀以前の数学者が対数表三角関数などの手計算に信じられないほど膨大な時間を費やすことが非常に一般的だったことである。マンデルブロ集合のすべてのポイントを計算することは、今日では退屈に思えるが、当時の人々には習慣に匹敵するような活動である。

参考文献

外部リンク