5/20/2017

ドクトロウのWalkawayに対する解釈

シュナイアーのブログより。

技術的進歩は世界を変える。それは部分的にはそれらが何であるかによるが、更にそれらが可能になる社会的変化のためでもある。新しい技術はパワーバランスを覆す。それらはグループに新しい能力、有効性の増大、新しい防御を与える。インターネットの数十年間、これらの一連の逆転には終わりがなかった。我々は、既存の産業が衰退し、新しい産業が興るのを見て来た。我々は、政府がいくつかの分野ではより強力になり、他では弱体化したのを見て来た。スキルを持った個人が多国籍企業や大きな政府よりも力を持つことができるマルチステークホルダー・モデルのような新しい形態のガバナンスが登場して来た。

多くの勢力争いの中で、私が特に強調したい1つのタイプがある。新しい技術をいち早く使い始める機敏な人と、後でやっと来るような進みが遅い組織との間の戦いだ。

一般に、ハッカー、反体制派、社会から疎外されたグループ、犯罪者など権力・権限を持たない人が新しい技術から恩恵を最初に受けている。彼らが最初にインターネットに出会った際、それは変革だった。突然、彼らは以前までほぼ不可能だったこと、普及、調整、組織化、行動のための技術にアクセスすできるようになった。これは信じられないほどの力を与えることができる。我々は、インターネットの始めの数十年で、Usenetのディスカッション・フォーラムや特定関心事のメーリングリストの登場や、インターネットの検閲を迂回する方法、インターネットのガバナンスが従来の政府や企業モデルを回避する方法を見て来た。最近では、2011年12月のSOPA/PIPAの議論、トルコの反政府運動、様々なカラー革命、クラウドファンディングの利用の増加を見て来た。これらの技術は、政府の監視や検閲の存在の下であっても、パワーダイナミックスを逆転させることができる。

しかし、それは話半分に過ぎない。技術は一般的に力を誇張するが、採用率は異なる。犯罪者、反体制派、組織化されていないすべてのアウトライアはより機敏である。彼らは新しい技術をより速く利用することができ、そのために共同体の力を拡大することができる。しかし、既に強力で大きな機関が最終的にはインターネットの使い方を理解した時、彼らは拡大するための実力を多く持っている。

これは政府と企業の両方に当てはまる。世界中の政府が監視、検閲、宣伝に利用して、インターネットを軍事化していることが分かっている。大企業は我々がしたり見ることができるものをコントロールするために使っており、勝者独り占めの流通システムの台頭がこれをより悪化させている。

これはインターネットの中心にある基本的な緊張と一般的な情報に基づく技術である。権力・権限を持たない人は新しい技術の活用では効率が良いが、パワフルな人は活用のための大きな実力を持っている。これら2つの傾向は速い者と強者の戦いに繋がる: 新しい力を素早く使うことができる人と、同じ力をより効果的に使うことができる強者である。

この戦いは情報技術の多くの様々な分野で今日行われている。犯罪者とFBIや反体制活動家と中国政府との間の安全と監視の戦いの中でそれを見られる。新興企業に対するソーシャルメディアの巨人とインターネット・コマースの巨人の戦いにもそれが見られる。新しいインターネットを意識した組織が、古くて確立された政治的組織と戦う政治の中でも見られる。軍隊の小さな組織が攻撃者にリスクの無いドローンを使って、絶え間ない爆撃の下で国を保つことができる戦争の中でも見られる。

この戦いはコリイ・ドクトロウの新しい小説Walkawayにとっての基本である。我々のヒーローは素早い人を代表する: 伝統的社会に見切りをつけ、資産の伝統的な概念を避けるため3D印刷が簡単に利用できるために繁栄している。彼らの敵は強い: 伝統的な政府機関はほとんどの人が力を発揮できる。この戦いは、新しい技術を素早く受け入れ、追いつくための激しい争いとして、本の大部分で暴れ回っている。

ドクトロウの本と現実世界の両方で素早く応援するのは簡単である。ドクトロウのエンディングをバラすつもり無いが、どのように現実世界で展開するかを予測することは十分に分かっていないが、今はその傾向が強まっている。

集中型インフラは従来の権力に有利に動く。そして、インターネットはより集中化していく。これは、我々がやり取りする多くの情報をコントロールするFacebook、Apple、Google、Amazonのような企業が終点に当てはまる。また、情報がどのように我々に届くかをコントロールを強めているComcastのような企業は中間に当てはまる。インターネットの一部の国家的課題の規制を強めているロシアや中国のような国で当てはまる。そして、政府の監視能力はますます法制化しているアメリカやイギリスのような国でも当てはまる。

1996年の世界経済フォーラムで、サイバーリバタリアンのジョン・ペリー・バーロウは「サイバースペース独立宣言」を発表し、集まった世界の業界のリーダや巨人に告げた:「諸君には我々を支配する道徳的な権利はないし、諸君は我々が心から恐れるようないかなる強制手段も持ち合わせていない。」20年まに我々の多くが彼をほとんど信用したが、今ではそれらの言葉は虚しく響いている。

しかし、歴史が導くところでは、これらのことは周期的である。20年後には、ドクトロウが重点を置く技術と誰も予想だにしない技術の両方の面で、更に新しい技術が速さを選択して、バランスを取り戻すことが簡単にできるかも知れない。それがユートピアをもたらすか、デストピアをもたらすかは、これらの技術に一部左右されるが、これらの技術がもたらす社会の変化による。私は短期的には悲観的だが、長期的には楽観的である。

このエッセイはCrooked Timberに既に掲載された。