3/25/2017

我々はコンピュータ・シミュレーションの中に生きていない

BackReActionより

Future of Humanity Instituteのニック・ボストロムによれば、我々はコンピュータ・シミュレーションの中に生きていると思われる。そして、最大の存亡の危機の一つは超知性体が動いているシミュレーションを停止させてしまうことである。

いわゆるシミュレーション仮説は、それが精神的柔軟性を物語ると信じ、自分自身を知的だと考えている人には一定の人気がある。残念ながら、根本的に物理の知識不足のまま話をしている。

物理学者の間では、シミュレーション仮説はポピュラーではなく、それは当然のことである - 我々の観測に矛盾の無い説明を見付けることが難しいことが分かっている。結局、矛盾の無い説明を見付ける事は、我々が支払ったものである。

「プログラマがそれを行なった」という宣言は、何も説明しないだけでなく、神話の時代に我々を転送する。シミュレーション仮説は物理学の領域に侵入するため、私を悩ませる。自然の法則についての大胆な主張だが、自然の法則について分かっていることに何も注意を払っていない。

まず、それを取り除くため、シミュレーション仮説が正しいという普通の方法がある: 現在受け入れられている理論を、宇宙が自然の法則を計算していると単に解釈できる。そして、我々はコンピュータ・シミュレーションの中に生きている事が事実だと繰り返している。それは意味のない発言である。

コンピュータ宇宙を語る厳密な方法は、コンピュータが意味するものが何であるかをより正確に表す事である。例えば、宇宙はビットで作られており、アルゴリズムはこれらのビットが順列時系列に実行されるよう符号化されていると言う事ができる。うまい話だが、既に我々は物理領域に深く入り込んでいる。

もし、あなたが古典的なビットから宇宙を創ろうとすると、量子効果が得られないため、これについては諦めて欲しい。それではうまくいかない。これは誰かの宇宙かも知れないが、おそらく我々の宇宙ではない。あなたは量子力学をひっくり返す必要がある(幸運を)、あるいは量子ビットを使う必要がある。[明確にするために追加する: 古典的で非局所的なアプローチから量子力学を得る事ができるかも知れないが、そこから量子場理論を得る方法は誰も知らない。]

しかし、量子ビットからは、一般相対性理論や量子物理の標準モデルのような誰にも現在受け入れられている基本的な理論を復元できていない。これまでの最善の試みは、Xiao-Gang Wenと共同研究者らによるものだが、一般相対性理論を復元するにはまだかなり遠い。簡単ではない。

確かに、それが不可能であると信ずる正当な理由がある。我々の宇宙は離散化されているというアイデアは特殊相対性理論と矛盾するため、観測と調和しない。特殊相対性理論の対称性に違反する影響は必ずしも小さいとは限らず、予想されているが何も発見されていない。

この投稿の目的にとって、詳細はそれほど重要ではない。最も重要なのは、シミュレーション仮説になると、物理的な道理が得るこれらの困難さがほとんど言及されていないという点である。むしろ、どのようにプログラマがシミュレーションされた脳が、例えば離散化と特殊相対性理論の間の矛盾に気付くことを防いでいるかについて不透明さ(fog)がある。

しかし、プログラマがどのようにシミュレーションされた心が矛盾に気づいているのか分かるのか、また彼あるいは彼女がどのように問題を素早く修正しているのだろうか? もし、プログラマは脳が次に調査するものを事前に予測できるなら、初めにシミュレーションを実行する事は無意味である。そして、特定の仮説を調べることを決定する際に、人工脳に入力する彼あるいは彼女がどのように一貫性のあるデータが何であるかを知るのだろうか? データはどこからやってくるのだろうか? プログラマはおそらく自分自身の環境から一貫性のあるデータを得る事ができるだろうが、その場合は脳はシミュレーションの中に生きていないだろう。

人間が作った人工ネットワークで意識をシミュレーションすることは不可能だと信じているわけではない。私はなぜこれが可能なのかが分からないのだ。しかしながら、多くの未来楽観主義者が信じるよう我々に勧めるよりはるかに難しい。人工脳がどのようなもので作られたとしても、人間の脳より複製や再生は簡単ではないだろう。それらは比類の無いものだろう。それらは人間(individuals)だろう。

従って、我々がすぐに我々を超える認知能力を持つ人工知能がはるかに多くなってしまうというのは信じ難いように思える。それどころか、豊かな国が1、2の人工意識を高める事ができ、重要な問題を相談できるような未来を見るだろう。

そして、私は人工意識が近づいていると考えている。私は彼らの環境が何を信ずるかではなく、人間に匹敵する認知能力を持つ心を納得させる可能性があるとも考えている。メタファ的なバットの中に人工脳を入れるのはとても簡単な事だ: あなたが何の情報も与えなければ、決して賢くはならない。しかし、それが私が経験する環境ではないし、あなたがこれを読んだとしても、あなたが経験する環境でもない。我々は多くの観測者がいる。そして、我々が持つ全てのデータを一貫性を持って計算するのは簡単ではない。

一方、あなたが人工知能を作る理由がコンサルタントなら、それらに見かけとは違う現実を信じさせる事が、あなたが一番やりたい事である。

従って、シミュレーション仮説の最初の大きな問題は、我々が標準モデルや一般相対性理論以外の手法で観測する全てのデータを一貫性を持って作る事だ。なぜなら、我々が知る限り、コンピュータとしての宇宙と互換性はないためである。

おそらく、シミュレーションされているのは自分一人だけで、私は単にシミュレーションの別の一部であると主張したいだろう。私は、唯我論のリインカネーションにかなり同情する。時々、世界を説明する最高の試みは、全てが潜在的な悪夢が作り上げたものだとする事だ。しかし、我々はコンピュータ・シミュレーションの中に生きているかも知れないと主張したいなら、一つの脳だけというアイデアはうまくいかない。

我々はシミュレーションされているようだという主張には、シミュレーションされる意識の数がシミュレーションされていない心の数をはるかに上回らなければならない。これはプログラマが多くの脳を作る必要があることを意味している。今、全ての脳を別々にシミュレートし、お互いの他の脳の環境のふりをするのは無意味である。他の脳が本物だと一つの脳を納得させるためのコンピュータでの効率的な方法は一つのシミュレーションの中にそれらを組み合わせることだ。

しかし、その次にはあなたは我々のような社会をシミュレーションする。うまく活用できるよう環境を統治する法律を理解しようと試みるだろう。言い換えると、彼らはサイエンスを行う。そして今、プログラマは問題を抱えている。なぜなら、全ての人工脳が調べようとしていることを正確に把握しなければならないからだ。

もちろん、プログラマは宇宙全体(あるいは多宇宙?)をシミュレーションできるが、重ねてシミュレーション議論には役に立たない。この場合の問題は、別の宇宙の一部に宇宙全体を符号化する事が可能でなければならず、シミュレーションの一部が独自シミュレーションを実行しようとする。これは非常に短い距離スケールで法則を再現しようとする効果はある。それもまた、我々が自然の法則について知っているものとは互換性がない。残念。

(ウルフラム・リサーチの)スティーブン・ウルフラムは最近ジョン・ホーガンに次のように話した。

「プランクスケールで見下ろすと、我々は我々の宇宙と同じように機能するよう物事を整えている文明全体を発見するかも知れない。」

私は涙を流して叫んだ。

宇宙が自己相似で小さなスケールで繰り返しがあるという、素粒子が再び原子を含む宇宙を構成するアイデアは、多くの人に大きな魅力を与えるようだ。それは動きが悪い素敵なアイデアの一つではある。内部的にも観測でも一貫性を持って、誰もこれを達成する一貫した理論を書き留めることはできない。私が知る最高の試みは、理論空間のリミットサイクルだが、私が知る限り実際には機能しない。

しかし、やはり詳細はそれほど重要ではない。私の言うことを信じてほしい: 原子内の宇宙について一貫した理論を見つけることは容易ではない。重要なのは傲慢さを言及しない素晴らしい無知の表明であり、プランクスケールでの物理について何でもありという信念によって立証されている。そこに文明があるかもしれない。次にそれについてはTEDの話をしよう。私のように実際にプランクスケールの物理学で働く人間にとって、これはかなり苦痛である。

公正であるために、インタビューでは、ウルフラムは彼らの存在の証拠を突き止める試みを笑っているプログラマも超知性体もいないと言う意味では、シミュレーション仮説を信じていないと明らかにもしている。私は、彼が宇宙がコンピュータであると言う考えが好きだという印象を受けている。(追記: コメントした人が指摘するように、彼は宇宙をコンピュータとして記述できるという考えが好きである。)

まとめると、我々が理解するように宇宙を説明する理論を発展させることは容易ではない。現時点で最良の理論は標準モデルと一般相対性理論であり、我々の観測で得られた他の説明は何でもまずこれらの理論の成果を再現できなければならない。「プログラマがそれを行なった」というのは科学ではない。それは疑似科学でさえない。それは単なる言葉である。

コンピュータ・シミュレーションの中で我々が生きているかも知れないというこの手の話すべてが、人々が実際に信じるのではないかと心配しているからムカついているわけではない。いいえ、私はほとんどの人が多くの自ら知識人と名乗る人よりもはるかに賢いと思っている。ほとんどの読者は、今日の知能がたわ言であると正しく判断するだろう。そして、私はそれを責めることさえできない。

Slashdot