2/11/2017

スティーブ・ジョブズがNeXTのIPOを考えていた話

コンピュータ歴史博物館のブログより。AppleがNeXTを買収せず、IPOをしていたらどうなっていたか...

2017年2月7日: 今日はAppleコンピュータによるNeXTソフトウェアの買収が正式に完了して20年を迎えた。スティーブ・ジョブズが最初に作った会社が、彼の2番目の会社を買収していなければ、歴史は非常に異なっていたものとなっていただろう。Appleは今日存在していなかったかも知れない。iPhoneも無かった。しかし、NeXTに何があったのだろうか? 元NeXTソフトウェアのリーダで、Appleのソフトウェア担当上級副社長だったアビー・テバニアンは、この歴史改変(alternate history)を示唆する文書をコンピュータ歴史博物館に寄贈した: 未完で提出も公表されなかった1996年11月のS1 SEC収支報告書の草案で、NeXTが500万の普通株を新規公開する計画していたという内容だった。

役員会のクーデターで会長を追われたスティーブ・ジョブズがAppleを辞任した後、1985年にジョブズとMacintoshとLisaのチームがNeXTを設立した。当初、統合化されたハードウェアとソフトウェア会社だったNeXTのコンピュータは、技術的には優れていたが、市場の失敗は高い価格が関係している可能性が高かった。それにもかかわらず、カーネギーメロンのアビー・テバニアンらによって開発されたUnixベースでMachカーネルのオペレーティングシステムNEXTSTEPは広く称賛された。NEXTSTEPのオブジェクト指向ソフトウェア開発環境はより簡単にアプリケーションを書くことができた。大雑把に言うと、オブジェクト指向ソフトウェアは基本的にモジュール化されている。アプリケーションは、ライブラリから組み立て済みのモジュールあるいはオブジェクトを再利用・拡張することで素早く作ることができる。

1992年の第4四半期まで、NeXTはNEXTSTEPをインテル・プロセッサに移植し、ハードウェアラインを廃止し、会社をソフトウェアのみに方向転換し、NEXTSTEPをAT&Tワイヤレス、メルリ・リンチ、米郵政公社、ファニー・メイ、米海軍などエンタープライズに販売していた。S-1によれば、NeXTは財務上の損失は継続しており、1994年に109万ドルの純利益を達成しただけで、3年連続の損失が4000万ドルから6600万ドルに悪化し(p. 24)、ワークステーション事業の撤退に結びついた。NeXTは、Sun、HP、Microsoftなどエンプタープライズ・プラットフォーム・ベンダーと競合するよりも、それらのプラットフォームにソフトウェアを移植する方が良いと気付いた。NEXTSTEPは、NeXT独自のモトローラベースのコンピュータ、Sun SPARC、HP PA-RISC、インテルベースのマシンと4つのプロセッサ・アーキテクチャで利用可能にだった。さらに、NeXTはMachからオブジェクト指向開発環境を分離し、MicrosoftのWindows NT、SunやHPのUnix OSの上で実行できるOPENSTEP環境と呼ばれるものを移植し、ソースコードをSunにライセンスすることさえして、それを支えた。初期のプロプライエタリで垂直統合された戦略から、幅広いプラットフォームで利用可能で、元の競争相手とのコラボレーションを採用するという180度の転換だった。同社は新しい目的を反映するため1995年にNeXTコンピュータからNeXTソフトウェアに社名を変えた。

しかし、これだけではIPOを保証するためには不十分だった。しかし、1995年にはNetscapeのIPOがドットコムブームに火を点けた。Netscapeをきっかけに、ジョブズはトイ・ストーリー成功後のPixarのIPOを、成功に導いた。NeXTにとって、ワールドワイドウェブへの積極的参加が明らかに見えた。ウェブはティム・バーナーズ=リーによってNeXTコンピュータ上で発明された。

NeXTは既に洗練されたエンタープライズ・ソフトウェア技術「エンタープライズ・オブジェクト・フレームワーク (EOF)」を持ち、開発者はサーバベースのデータベースに接続するデスクトップ・アプリケーションを書くことができた。OPENSTEPとEOFを外して、NeXTは当時支配的だった静的なページよりも動的にウェブコンテンツをオンザフライで出すことができるウェブサイト向けのオブジェクト指向開発環境「WebObjects」を作成した。(p. 39) WebObjectsはユーザインタフェースや基本的なデータソースからアプリケーションのビジネスロジックを分離し、高い柔軟性と変更を可能にした。同じようにメインフレームのようなレガシーなシステムと高い互換性があった。(pp. 40-41) WebObjectsはユーザが動的なウェブサイトを作ることを初めて可能にしたウェブのための初のアプリケーションサーバだった。1996年3月にリリースされたWebObjectsは、オープンインターネット/ウェブと企業のイントラネット両方で成長の機会を狙った。NeXTの顧客を現在それに依存する大規模機関から離れて多角化するのに役立った。1996年末までに、NeXTはプログラマがSunのオブジェクト指向Java言語を使ってWebObjectsアプリケーションを書くことを可能にした。(p. 26) 1年も経たないうちに、WebObjectsは重要な顧客を獲得した。とりわけ、デルは4週間で最新の価格、構成情報、オンラインでの注文機能を提供するオンラインストアを作成するために利用した。(p. 42) Appleは後でiTunes Music Storeを含む独自のオンラインストアでWebObjectsを利用する。NeXTは最終的にNeXTの二つの最新製品、WebObjectsとOPENSTEP for Windowsのソフトウェア収入が、1996年の9ヶ月間でNeXTの総ソフトウェア売上の45%、1,010万ドルに達していた。(p. 25)

アビー・テバニアンによって博物館に寄贈されたこれまで未公開だったS-1 SEC申告書は、NeXTはWebObjectsが特にポストNetscapeの投資環境でIPOを正当化するための十分な成長を生み出すと期待していたことが明確に分かる。NeXTの累積損失が2億7300万ドルだったにも関わらず(p. 23)、ドットコムブームは概して現在の収益性を完全に無視して、もっぱら成長の可能性にフォーカスしていた。NeXTは500万株を1株あたりの見積価格16ドルで提供し、推定7200万ドルを集めようとしていた。

NeXTをドットコムに変えることによって、NeXTの主要株主であるスティーブ・ジョブズは会社の債務を償還し、彼自身やキャノン、1992年の大統領候補ロス・ペロー氏など他の主要株主に返済することができた。1996年のNeXTの事業は既存のOPENSTEP事業とWebObjectsの間でほぼ均等に割れていたが、ジョブズとNeXT幹部は、WebObjects事業が着実に成長しているOPENSTEP事業よりももっと速く成長し、最終的には売上高の大部分を占めると考えていた。

これのどれも起きなかった。ジョブズはS-1の公開を進展させることによってNeXTのIPOを準備していたが、彼の初の会社Appleが沈んでいた。Macintoshのオペレーティングシステムは、特にMicrosoftのWindows 95と比較して見劣っていた。Appleの次世代オペレーティングシステム、Coplandは非常に複雑で扱いにくくなり、AppleのCEOギル・アメリオは中止を余儀なくされた。彼とAppleは会社の外で新しいOSを探すようになり、Windows NTカーネルのライセンスも考慮に入れた。

このOS探しで、AppleとNeXTは1996年11月に議論を始めた。Appleは、元Appleの幹部だったジャン=ルイ・ガセーが設立した別の会社Beとも交渉中で、こちらも独自のハードウェアを作っていたが、ソフトウェアに方向転換していた。BeOSとNeXT OSの競争力の比較コンテストの後、AppleはNeXTを現金4億2900万ドル、Appleの株式150万ドルで買収した。AppleはNEXTSTEP/OPENSTEPオペレーティングシステムとウェブ戦略であるWebObjectsを持つことになった。

NeXTのエンジニアリング副社長アビー・テバニアンは、Appleのソフトウェア担当上級副社長になり、NeXTのハードウェア副社長のジョナサン・ルービンシュタインはAppleのハードウェア担当上級副社長になった。もちろん、Appleは最初は顧問だった共同創設者のスティーブ・ジョブズも戻し、1997年7月までにしっかりと責任を任された。テバニアンのリーダーシップのもと、NEXTSTEPは2001年3月にリリースされたMac OS Xの基礎となった。同様に、OS Xは今年1月の10年前にジョブズによって発表されたiPhoneのオペレーティングシステムの基礎となった。

AppleがNeXTを買収したことで、NeXT IPOは決して起こらず、ドットコムにもならなかった。何が起こっていただろうか? WebObjectsはリリース時点で非常に賞賛され、実際にデルのオリジナルのオンラインストアをサポートしていた。WebObjectsは多くの競合する技術よりもはるかに柔軟性があり、一歩先を行っていた。しかし、Appleの買収によって、WebObjectsは徐々に衰えて、中止された。ポストIPOのNeXTは、WebObjectsで1990年代にウェブアプリケーション市場を支配していただろうか? 2001年のドットコムバブル崩壊を乗り越えていただろうか? 我々には決して分からないだろう。

Hacker News