7/17/2016

どこまでマーク・アンドリーセンはインターネットを発明したのか?

「Web=インターネット」ではないと思うが、マーク・アンドリーセンの業績は今日のインターネットの発展に欠かせないものであることは間違いない。

どこまでマーク・アンドリーセンはインターネットの発明したのか?

ザック・ブルーム
新しいクライアントのベータテストに興味はあったら、下記にメールを送って下さい: beta@mcom.com ありがとう、マーク — マーク・アンドリーセン、1994年のMosaic(後のNetscape)の公表

先週のマーク・アンドリーセンの誕生日を祝う中、我々はインターネットへの彼の驚くべき重要な貢献をざっと眺めることは素晴らしいと思った。いずれの仕事も彼がベンチャー投資家になるずっと前の出来事だ。彼はNCSAで働く普通のエンジニアだった、その後Netscapeの創立者になった。彼の決断を振り返ると、Netscapeの運営がウェブを定義することになった。

イメージタグ

...現在のところ、私は概してSGMLへの対応は完全に時間の無駄だし、我々が受け継いでまだ支えているSGMLの負担による面倒を抱えていなければ、今はさらに前に進んでいただろうと思います。99.99パーセントの人々はリッチドキュメントをオンラインで書くことを、見たままで管理したいと望んでいるし、結局のところセマンティックなマークアップあるいは文書構造と体裁の間の区別についての関心がないのです。他の0.01パーセントはキーボード・モニター・マウスの概念全体にまだ取り組んでいるところなのです。 — マーク・アンドリーセン、1993年

マーク・アンドリーセンは<IMG>タグを発明した。彼の関与の前に、もしもHTMLドキュメントに画像を含めたいと思ったら、それをリンクさせるしかない。ユーザはリンクをたどる時、画像は選択した画像リーダーの中でオープンされる。このモデルは、コンテンツはリンクと結合されるべきという考え「ハイパーリンク」の一般的な理論に従っていた。

しかし、マーク・アンドリーセンはユーザがいて、彼らは埋め込み画像を欲していた。

私は次の新しいオプショナルHTMLタグを提案したいのです。 IMG 必要な引数はSRC="url"です。 これはブラウザがネットワーク越しにダウンロードするビットマップあるいはPixmapファイルの名前で、画像として解釈され、タグのある場所でテキストの中に埋め込まれます。 例えば、 <IMG SRC="file://foobar.com/foo/bar/blargh.xbm"> (閉じるタグはありません、これはスタンドアローンタグです) このタグは他の何かのようなアンカーの中に埋め込むことができます。それが起こると、普通のテキストアンカーのようにアクティベーションに反応するアイコンになります。 — マーク・アンドリーセン、1993年

リンクの中に埋め込まれるべき外部リソースを指定する代わりの別の提案(まさにティム・バーナーズ=リーによる):

<a name=fig1 href="fghjkdfghj" REL="EMBED, PRESENT">Figure </a>

そのソリューションは確かにハイパーメディアの理論的なセマンティックには、より協調的だが、問題を解決していない。マークは<img>の実装を推進した。

URLクエリ形式の創作

マーク・アンドリーセンはURLクエリ形式(?a=3&b=2)を開発した。

彼の関与の前、クエリ文字列と同じ文字列は検索にのみに利用されていた。もし、ページに<ISINDEX>タグを含んでいたら、ブラウザはページに検索欄を加える。検索はページのURLにクエリを加えることによって実現され、新しいリクエストを作る:

?dog+shampoo

しかし、一般的な目的フォームに使う(あるいは作る)方法が無かった。これはアンドリーセンが提案したものだ:

こちらはどうでしょう? クエリをサブミットする現在のクエリ・シンタックスを続けてみてはどうでしょうか? それはクエリを「url?query」で表し、多少似ていますが: name=value&name=value&name=value 「=」と「&」文字は予約文字として使われます(nameあるいはvalueにある場合、%xxでエスケープします)。

お分かりのように、これはまさに今日使うクエリのシンタックス形式である。

(今週末クエリ形式の歴史の投稿を行うので、ページの最後で購読すれば、それが公表された時に通知されるます)

EmacsのHTMLシンタックス強調表示

テキストエディタEmacsでHTMLを書いているなら、シンタックスの強調表示はマーク・アンドリーセン自身が作成したモードだとわかるだろう。

1992年にwww-talkメーリングリストにそのようなモードが存在するかを尋ねる最初の彼の投稿があった。

どなたかEmacsでHTMLファイルを作成するためにコードを書いている人はいますか? 私はハックしたので、興味があればお知らせ下さい。 マーク

今でもまだEmacsソースコードの中に彼の貢献を見ることができる。

彼が関わったNetscapeの成果

SSL

とりわけダイアルアップ時代に、インターネット接続は全く安全ではなかった。電話線を盗聴したいと考える人があなたが送受するすべてを読むことができた。これはウェブページでクレジットカード番号やパスワードを送るにはいい環境とは言えない。

アンドリーセンの指導のもと、キップ・ヒックマンはNetscapeで働いた間にSSLを開発した。アンドリーセンはwww-talkメーリングリストへ1994年にそのリリースを自分自身で公表した

最初SSLリリースは大きな欠陥を抱えていたため、Netscapeは実際にはv2.0までSSLをリリースしなかった。そして、1996年にリリースされたバージョン3.0まで安全ではなかった。 インターネット上で安全に通信する能力はインターネットビジネスのようなものが可能になる重要なステップだったことに疑いの余地はなかった。

JavaScript

マーク・アンドリーセンは常にウェブブラウザでプログラムを実行することについて以前からそれほど楽観的ではなかった。

ブラウザがプログラムを実行することはとても恐ろしいです。サーバは一般にuseridは'nobody'として実行します(あるいは実行すべき、しない理由はありません)。それ自体はほとんど何も被害を引き起こしません。とにかく、サーバのプログラマは、ハイパーリンクを無作為にクリックするクライアントユーザよりは、何が起こるか、何が起こりうるのかについての多くの知識を持っています。私はクライアント側の処理が安全だと考える理由があるとは思いません。

アンドリーセンはブラウザでSchemeを実行させるという約束を基にブレンダン・アイクを雇うことができた。企業プロジェクトではよくあることだが、これはもう少しとっつきやすい何かに速やかに再構成された。アイクの言葉で、

推進力は少なくともSunのビル・ジョイと共にマーク・アンドリーセンと私自身のそれぞれの信念でした。それは素人や初心者によって簡単に利用出来るプログラミング言語で、ウェブページのマークアップの一部としてソースコードの中に直接書き込むことができるスクリプト言語がHTMLには必要だということです。我々は例えば、画像、プラグイン、Javaアプレットのような構成要素からウェブコンテンツを作成するウェブデザイナやパートタイムプログラマにとっての「グルー言語」を提供することを意図していました。我々はJavaを高給プログラマによって使われる「コンポーネント言語」、JSを使ってコンポーネントを組み立て、相互作用を自動化するのがグループログラマやウェブデザイナだとみていました。

最初のインタープリタを作成するのに10日、DOMを作成するのに約6か月要した。

マーク・アンドリーセンは最初、JavaScriptを「Mocha」と名付けた。SunとのJavaの商標権のランセンス合意後に(Sunの創立者ビル・ジョイはウェブの開拓者で彼自身が支持者だった)、急成長するJavaと新しい言語を結びつけた名前にすぐに変わった。これがその後数十年にわたって経験不足のプログラマを混乱させることとなった。

対立 (The Divide)

私の考えでは、ウェブの創作に打ち込む人には二つのタイプの人がいる。夢想家(アイデアリスト)はまず物事を始めた。ハイパーリンクを発明したダグラス・エンゲルバーグやインターネットでそれを実現したティム・バーナーズ=リーのような人々である。基盤を作り上げた後、夢想家は全ての人が未来のビジョンに奥深く分け入って行くための標準を作ろうと奮闘した。彼らはURNRDF、そしておぞましいXHTMLのようなほとんど誰も使わないツールを作りあげるのに時間を使った。

ウェブはハイパーメディアの実験としてみていないのはマーク・アンドリーセンのようなプラグマティスト(現実主義者)で、人々が強力なものを作り、今日の現実問題を解決する手段としてみていた。その中で、彼はハイパーメディアのビジョンとあまり協調しない多くのことを作り上げ、統一規格のようなものや開発者にとって、とてつもなく大きな欲求不満を引き起こした。しかし、実際に採用された方法でウェブ上でより多くのことができる可能性を作り上げた。

RDFのようなものが本当にうまくいったなら、インターネットがどのようなものになっていたかは全くわからない。私の考えでは、ウェブは夢想家なしには決して存在しなかっただろう。しかし、プラグマティストなしにウェブ上でこれを読むこともできなかっただろう。


1994年にウェブの未来を議論しているアンドリーセンのビデオがある。