2/01/2015

なぜ日本のウェブデザインはそんなに...独特なのか

確かに、楽天やヤフーのウェブページはゴチャゴチャしていてセンスを感じられない。サムネイルで表示させるとよく似ている。ここで書かれたことが理由かは分からないけど...

多くの人々の心の目には、日本は穏やかな禅庭、静かな寺院、優美な茶道の国である。伝統と現代の両方を兼ね備えた日本の建物、本や雑誌は世界中でデザイナーの憧れである。なのに実際には、決してこの種の技能はデジタル製品、特にウェブサイトには移転されなかった。ほとんどが1998年からきているにように見えるのだ。

日本のほとんどのポピュラーサイトの巡ってみると、以下のようなことがわかる(Goo楽天読売新聞ニコニコOKWave@cosmeなどを見て欲しい)。

  • ぎっしりと詰め込まれたテキスト
  • 小さい低品質の画像
  • 数えられないくらいのたくさんのカラム
  • Flashのような古い技術の過度の使用

美しい俳句あるいはミニマルな侘び寂びは無い。なぜこうなのかという理由はたくさんあり、これから私が最も多く見られる理由を説明しようと思う。

言語の違い

文字コンフォート - 表語文字をベースにした言語は数文字で多くの意味を含めることができる。これらの文字が西洋人の目には乱雑でわかりにくく見えるが、実は日本語を話す人は短期間/小さな空間に多くの情報を処理することが容易になるのだ(中国語にも言えることだ)。

強調不足 - 日本語は斜体や大文字を持っておらず、ラテンアルファベットが持つビュジュアルな効果を加える機会を制限されている。多くのデザイナは装飾を加えたり画像テキストを使うことで回避しているが、文字だけで情報を構造化するために必要な階層的なコントラストを作成するのをより難しくしている。

言語バリア - ウェブやほとんどのプログラミング言語は英語を話す人や欧米の企業向けに設計されている。そのため、大多数のドキュメントや教育リソースも英語で書かれている。翻訳は進んでいるが、新しい技術や流行の適用への遅れにつながっている。

文化の違い

リスク回避 - 一般に日本文化は、リスクを負うような危険あるいは集団の中で目立つようなことをしない。より良い解決策があっても、先例が明白な方法に目を向けたり動くことで改善されると、皆がそれに続く。日本のサブカルチャーでも彼ら自身のファッションやルールを守っている。

消費者行動 - 人々は購入を決断する前に、長い説明や技術仕様書によって高い保証を求める。彼らはキャッチーな見出しや可愛い画像では容易に揺さぶられない。「Less is more」の格言はここでは全く当てはまらないのだ。

広告 - 人々にとって有効なツールとしてよりも、日本の企業はしばしばウェブを派手にメッセージを押し付けるための新手の広告プラットフォームのように見ている。ウェブサイトは、最終的にインタラクティブなツールというよりもパンフレットと類似のより小さなスペースへの情報が最大濃度となるように落ち着く。

都市景観 - 渋谷のような東京の主要なハブの一つを歩いてみて欲しい。絶えず明るいネオン広告、騒がしいパチンコ(ゲームセンター)、騒々しいサラリーマンあるいは学生の集団に翻弄される。通りの同じ無秩序な忙しさがウェブに波及しているように見える。これに加え、日本では異常に高い値段で土地スペースが売られているので、何からなにまで無駄ではなく、同じことでウェブページ上の空白にネガティブなのである。

仕事の役割 - 日本での求人サイトを見ると、企業がプラグラムやウェブサイトの運営にIT技術者を雇い入れる時、「ウェブマスタ」や「ウェブ管理者」のような役割向けの広告を相変わらず目にするだろう。逆の立場で、クリエイティブな人は自由の創造を求めており、彼らは他の場所に行くため、大企業の中で簡単に見つけられない。

技術的な違い

モバイル遺産 - 日本はiPhone登場以前は高度に進化した折り畳み携帯でモバイルウェブを利用しており、さらにパソコンよりも大量にあった。当時は、スクリーンが小さく、サイトはこの小さな空間の中に内容を詰め込むよう設計された、今でもそん影響が続いている。

ウェブフォント - 非ラテン言語(中国語、日本語...)のウェブフォントが不足している。各フォントはデザインに数千文字が必要で、極めて高価で、時間が掛かり、ダウンロードにも時間が掛かるためである。これらの理由でデザイナは非標準の書体を表示するプレーンテキストよりも画像を使う傾向にある。

Windows XP & IE 6 - 古いマイクロソフトのソフトウェアを使っている多くの人は急速に減少しているが、まだこれらの古いソフトウェアを使っている人の数はかなりまだいる(特に企業の環境)。もう十分だ。


東京を歩き回ると、私はしばしば未来のビジョンで1980年代に立ち往生した感覚になる。多くの点で、 日本のデザイン景観を特徴づけている矛盾がある。一面には、我々は退屈で大量生産される同じものを大量に作り出している巨大なコングロマリットを持っており、一方では優れた職人が信じられない美と機能を持つものを作るのも知っている。

前向きな意見として、日本でもユニクロ無印良品クックパッド紀伊国屋書店のようなスモーラーデザイン企業が審美的で感じが良く機能的なウェブサイトを作ることを示している。彼らから学んで、すぐに追いついてくれるとよいのだが。

更に興味深い議論がここにある: 1, 2, 3, 4, 5